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男性が「面倒、無関心、嫌悪」だと思うのは、女性のご都合主義が過ぎるからだ

特集ワイド:カノジョは面倒?「草食男子」ここまで 「セックスに無関心、嫌悪」25% 「性体験なくても平気」

http://mainichi.jp/feature/news/20131010dde012040013000c3.html
問題は、男性ホルモンが一番多く分泌されているはずの20代男性がセックスに関心が向かなくなり、敵視する人まで現れていることだ」と指摘する。セックス以外の異性との関わりを「面倒」「嫌悪している」とした人も20〜24歳で27・7%、25〜29歳で29・4%と上下の年代に比べて高い。

男性が持つ性欲は汚らわしい、忌避すべき、嫌悪すべき、他に興味をそむけるべき、興味をもつべからず、と大人がさんざん仕向けてきた結果なのに、何をいまさら嘆くのだろう。こういう指導してきた大人たちは念願がかなった、理想の青少年に育った、と喜ぶべきだ。

特定の女性に対してだけ欲情しなさい、それ以外の女性を見ても一切欲情するな、不特定の女性を見ても欲情するな、と女性に都合のいい男性の性欲を期待しておいて、いざその通りなったら困ると言われても、本当に困るのは草食男子の方である。こんなことを多感な時期にさんざん浴びせられ続ければ、セックスに無関心になったり嫌悪したり、セックスしなくても平気と言ってしまう精神になるのは当然のことだろう。

コラムニストの北原みのりさん(42)は、20代の男性たちに「性欲はあるのにロリコン化が進んだ。性欲もあり、言いたいことを言う大人の女性と向き合う体力、知性がなくなってしまった」と手厳しい。

これは違う。
「言いたいことを言う大人の女性と向き合う体力、知性がなくなってしまった」のではない。
「女性と向き合っていいかどうかは女性が決める、男性にその権利はない。」「女性に対して能動的に向き合うな」「女性に合わせろ、男性は女性に従え」
と言われてきたからそれに従っただけ。

たまたま今女性は逆の事を言ってるだけ。
「積極的に女性と関われ」「女性に気に入られろ」
という命令を出しているだけ。

男性の性欲という自主性をがんじがらめに縛っていることに変わりはないのだ。
その縛りが男性ホルモンの力を凌駕したのだ。

「人と関わることで人生が楽しくなることや打てば響く会話のおもしろさを幼い頃から教えていかなければ、本当に滅亡してしまう」

ここでも無意識に「打つのは男性」「響くのは女性」だと思ってはいないだろうか。
日本が滅ぶのは男性が消極的なせいであって、女性は何も悪く無いと思ってはいないだろうか。

積極性の根幹たる男性の性欲を女性の都合のいいように使いたい、解釈したいと考え、男性の自主性を奪う行動をした時からすでにおかしくなってきているのだ。
男性に「今すぐ勃起しろ」と叫んだ時だけ勃起することを期待している女性に男性は「面倒、無関心、嫌悪」しているのだ。

雇用特区で生まれる「修羅の国」

雇用特区ブラック企業が生きていけないわけ

http://jyoshige.livedoor.biz/archives/6824578.html
「そうそうたるブラック企業ばかりが集まるブラック特区になるのではないか」

なると思います。

仮に「従業員を過労死寸前まで、それも手当無しでサービス残業させてやろう」
と考えている経営者がいたとする。

こうはならない。
このニュース記事の最大の間違いは、ブラック企業は「従業員を過労死寸前まで、それも手当無しでサービス残業させてやろう」なんて考えていないというところだ。
ブラック企業は「従業員を過労死寸前まで、徹底的に低コストでこき使ってやろう」と考えているのだ。
コストとは給料だけではない。残業代はもちろん、福利厚生や各種保険料なども負担したくない、と考えているのだ。

彼は特区に新しく会社を作り、雇い入れた従業員に
毎晩遅くまで働かそうとするだろうが、従業員のほとんどは一週間持たずに逃げ出す
だろう。なぜなら、特区流動性が高いから。

こうはならないだろう。
特区にあるホワイト企業から従業員が逃げ出すことはないから、必然的に空いている雇用の椅子はブラック企業のみになる。しかも、流動性は高いから一度ブラック企業に就職したが最後、延々とブラック企業を渡り歩くことになる。どこに就職しても満足な職場に出会わないまま従業員はスキルアップすること無く老いていくことになる。
これはブラック企業からすれば願ったりかなったりである。
ブラック企業の本質は如何に低コストで人をこき使うか、という点に尽きる。
転職にかかる様々な費用も従業員持ちだ。1日にも隙間があくことのない転職、引っ越しを伴わない転職がどれほどあるだろうか。
一度ブラック企業に就職してしまうと、満足な賃金が得られないのだから、転職にかかる様々な費用を捻出することすら困難になってくるだろう。それどころか、毎日続く残業や休日出勤で転職活動すらままならない日々が続くのだ。そうすれば特区から逃げ出すことすらできなくなるだろう。そして、ますます「1日も早く再就職したい」「できれば引っ越しをしないで済む範囲で再就職したい」という事になり、これまたブラック企業にとって好ましい現象になる。
つまり、ブラック企業は単体で存在していても迷惑な存在なのだが、集団になると更に厄介になる。賃金や福利厚生などの待遇改善や、職場環境の改善などは企業間で競争原理が働くことで良くなっていくものなのに、それを放棄することを是とするブラック企業ばかりが集まるわけだから、ブラック企業特区は従業員に対する待遇改善競争をしないカルテルを結んで良い特区、ということになる。

「徹夜でもなんでもして朝までにこれだけやっとけよ!」
「……じゃ辞めます」
「えっ」

ブラック企業は「えっ」なんていわない。
ブラック企業の本質は如何に低コストで人をこき使うか、という点に尽きる。
つまり、賃金を安く抑えたまま企業活動を回すことが目的なのだから、「……じゃ辞めます」「どうぞどうぞ」ってなるのは目に見えている。従業員の補充に苦労することはない。なぜなら、就職希望者はいくらでもいるからだ。

会社が本気で従業員を過労死寸前まで働かせたいのなら、相当高い年俸を用意
しないといけない。逆に安月給にしたいなら、とっても楽ちんな作業か、実労働時間を
うんと短くするしかない。これは別に珍しいことではない。
売り手と買い手の双方に選択肢のある普通の市場であれば、ごく当たり前の話である。

この常識が通用しないからブラック企業が生き残るのだ。
はっきり言ってしまえば今の日本は「売り手と買い手の双方に選択肢のある普通の市場」ではない。
金を持ってる企業は強者。金を持っていない労働者は弱者。法律がどう定めようと、これが厳然とした事実である。
弱者たる労働者に選択肢は与えられていないし、ブラック企業は従業員の選択肢をただひたすら削り取る。ブラック企業は従業員の手持ちのお金が干上がってなくなるまでただ待っていればそれでいい。これだけで従業員の選択肢はなくなる。これを特区内のすべての企業が同時にやるわけだから、従業員側に選択肢はないのだ。

「おいお前!クビにしてやるぞ!」
「ああ、そうですか。じゃあ規定通り半年分の基本給を退職金に上乗せして払ってね♪」
「えっ」

ブラック企業は「えっ」なんて言わない。
ブラック企業の本質は如何に低コストで人をこき使うか、という点に尽きるのだから、「会社に迷惑をかけた」とか「退職したことで会社に損害が出た」とかなんとか言いがかりをつけて退職金を出さないはずだ。
下手すると訴訟にまで発展するはずだ。ブラック企業は金の力で押し切ってしまえばいい。従業員に弁護士を立てて争うほどの時間的金銭的ゆとりがあるだろうか。ブラック企業はそうなることがわかっているから、予めその選択肢を削りとっておくのだ。

やがてブラック経営者たちは、特区ではブラックの成り立つ余地が極めて少ないという
事実に気付くはずだ。ブラックとは、“正社員”という曖昧な身分制度に咲くあだ花であり、
契約というガラス張りのようなカルチャーとはきわめて相性が悪いためだ。

ブラック企業特区の居心地の良さに気がつくはずだ。あふれんばかりの求職者がひしめく中で次から次へと従業員を使い捨てできる心地よさを感じ、気がつくはずだ。正社員という身分は経営者のオレ1人だけでいい、と。
ガラス張りの労働契約なんて存在しない。今までどおり曖昧で包括的な契約にしておけばいいし、それを拒否したら雇わなければいいだけなのだから。

そうこうしているうちに、まっとうな商売をしているホワイト企業は、不当に削った人件費の分だけ利益が上がったブラック企業に淘汰されるだろう。
参入障壁がほとんどない、飲食や流通小売業などにブラック企業が多いと言われているのはこのためだ。特区をやるまでもなく、参入障壁の低い、差別化が難しい業界がすでに特区状態になっていると言って良いだろう。

タクシー:減車義務化 運転手労働条件改善へ自公民が法案

http://mainichi.jp/select/news/20130818k0000e010142000c.html
自民、公明、民主3党は、国がタクシーの台数制限を事実上義務づける「タクシーサービス向上法案」で合意した。規制緩和による競争激化で悪化した運転手の労働条件の改善が目的。これまでの事業者による自主的な供給削減(減車や営業時間の制限)では不十分と判断した。秋の臨時国会での成立を目指す。「小泉構造改革」の象徴の一つだったタクシーの規制緩和を抜本的に見直す。

まさにこれがブラック化の最たるものではないだろうか。
参入障壁の低い、差別化が難しい業界を野放しにすれば、強いものだけが生き残る「修羅の国」と同じだ。
特区は「修羅の国」を意図的に作ろうとしているということなのだ。

速ければいいのだ

リニア計画に異論「速さだけが夢なのか」/神奈川

http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1309190015/
速ければいいのか−。「夢の超特急」とうたわれるリニア中央新幹線計画に異を唱え続ける人がいる。

結論から言えば「速ければいい」

引き合いに出すのが超音速旅客機コンコルドのたどった末路だ。音速の2倍を誇り、1976年に実用化。だが、燃費が悪く、飛行距離が短い上に料金は4倍、ひどい騒音も快適な空の旅とは程遠かった。2000年、パリ郊外の空港で墜落事故を起こし、終焉を迎えた。

「鉄道などの旅客事業に求められるのは利用者に喜ばれるか否か。さらに投資が回収可能な採算に乗るかどうか。利用者、事業者双方に望ましいプロジェクトならば成功する」

これはごもっとも。
燃費が悪くて距離も短くて料金が4倍じゃ話にならない。
でも、リニアはどうか。燃費は新幹線より悪いだろう。ただ、これが致命的かどうかと言われると、そうでもない気がする。
距離はどうか。当面は東京〜名古屋間ということになるだろうから、十分な距離なのではないだろうか。東京から大阪へ向かう人のかなりの部分がリニアを使うだろう。
料金はどうか。これは未知数。新幹線の2倍を超えたらダメだろう。のぞみの数千円上乗せ程度なら十分戦えるのではないだろうか。

ただ、リニアの売りは速さだけだ。ルートの8割がトンネルで、車窓から富士山の風景も楽しめない。利用者のニーズを理解し、ほかの価値よりも高速性が求められているのだから、リニアを選択したという哲学が感じられない

私はそうは思わない。
のぞみに乗ってみると乗客の多数がビシネスマンであり、外なんか眺めちゃいない。みんな寝てるかスマホいじってるかパソコンいじっているかのどれかである。
リピータになればなるほど外の景色は見慣れた風景になる。
ましてやわずか40分で終点についてしまう速さなのだから「ちょっとそこまで」という感覚で終わってしまうだろう。2時間もかかるから外の景色を眺めないと飽きちゃうのであって、40分なら飽きる前に終点に着くだろう。駅弁が売れなくなると言われているのもこのせいだ。40分で終点に着いちゃうなら、ちょっと我慢してリニアを降りてからごはんを食べるということになるだろう。フライト時間1時間程度の国内線で機内食が出るわけがないのと同じ理屈である。

「本当に素晴らしい技術ならとっくに実用化されている。もうどの国も興味を持っていない」

アメリカは国土が広すぎて速度不足だろうし、都市が遠距離であちこち散らばっているから一本道にはならないだろう。
ドイツは日本と近い国土だと思うが、人口が少ないし距離も短い。ハンブルグ〜ベルリン間なんて、日本で言えば博多(福岡)〜広島みたいなものだろう。そして、ドイツも多極分散型国土である。日本は「国土軸」なんていうぐらいで、直線上にたくさんの都市が連なっている。これほど鉄道向きな国はないだろうし、飛行機を使うにはちょっと狭すぎるのだ。

「移動には目的がある。私には名古屋に急いで行く用事もない」

要はこれ。
自分は東京にいるからこういうことが言えるのだ。
この言い方はかつて「もう高速道路はいらない」と言っていた人と同じ物の見方なのだ。
東京に住む自分たちはもう満たされた。ほっといても向こうから人や物が集まってくる。だから「名古屋に急いで行く用事もない」のだ。そっちになくても名古屋人は東京に急いでいく用事がきっと増えるだろう。

リニアの話が出てきた21世紀の現代でも、1965年の東京オリンピック以前の鉄道網しか生活圏にない人がたくさんいる。新幹線の駅まで1時間以上掛かる人がたくさんいる。そんな人は新幹線の恩恵すらあまり受けていないだろう。

そんな人にこそ「速ければいい」のだ。
もしかすると必要なのは、地方の在来線を置き換える、50人乗り程度で200km/hの速さが出る安価な乗り物なのかもしれない。

攻撃側に打順があるように、守備側に「投順」があれば良い

巨人・川相ヘッド、156センチの花巻東・千葉外野手を絶賛 一方で激辛評価も (1/2ページ)

http://www.zakzak.co.jp/sports/baseball/news/20130822/bbl1308220729000-n1.htm
プロ球界では「プロで通用する。いや、むしろプロの方が彼を見習うべき」と絶賛する声の一方で、「邪道すぎる」と一刀両断する向きもある。

「サイン出した」 花巻東・千葉に球審が注意

http://sankei.jp.msn.com/sports/news/130819/bbl13081912230003-n1.htm
鳴門−花巻東の準々決勝で、八回の花巻東の攻撃中に二塁走者の千葉に対し、球審が注意する場面があった。千葉によると、打者に向かってサインを出していると指摘されたそうで、千葉は「よく分からなかった」と話した。

高校野球が終わって、花巻東の千葉選手の「戦法」と大会途中での事実上の「ルール変更」にいろいろな意見が飛び交っている。
おそらく多くの人が話題にしているのが、「サイン盗み」と「カット打法」の賛否についてであろう。

サイン盗みはプロ野球でも禁じられているという。しかし、サイン無しでプレイをするのは現代野球ではありえないでしょうし、サインを出せば目に見える。見えるものを利用しない手はないわけです。情報戦なのですから。と、なれば、他の競技ですでに導入されているような「無線」を使う方法が最も良いのでは良いでしょうか。暗号化技術は進んでいますし、数分〜数時間秘密が守られればいいわけですから、その後に解読されてもほとんど意味が無いでしょう。

誤審に対してビデオ判定が導入されたように、テクノロジーで解決できて、試合する選手も観客も納得できる方法であれば、積極的に導入べきでしょう。

問題はカット打法。
そもそも論から言えば、ファウルなら2ストライクまででアウトにはならないのにバントなら3バントでアウトというルールがおかしい訳で。スイングしたファウルとバント失敗のファウルで何が違うんだという話。遅延行為防止のために3バントでアウトと言うルールを作ったというのならスイングしたファウルでも3ファウルでアウトにすべきだ。初球のファウルと2ストライク後のファウルで扱いが違う理由がわからない。
空振りのストライクとファウルでは価値が違うというのなら、空振りは1ストライク、ファウルは0.5ストライクというような重み付けを変えてもいいだろう。
ピッチャーを疲弊させるから禁止しているというのなら、球数制限をすればいいだろう。
球数制限をすると腕のいいピッチャーの時に無駄球を投げさせるようになり、投手層の厚さで勝負が決まってしまうというのなら、野手全員がピッチャーをやればいい。
攻撃側はバッターが1番から9番まで順番に回ってくるのに、守備側は一人のピッチャーがずっと投げ続けるから、球数制限だとかピッチャーが壊れるとかそういう話になるのだ。
バレーのように守備も順番にローテーションすればいい。1人のバッターに対して一人のピッチャー。次のバッターが出てきたら、ピッチャーはキャッチャーに移動、以下順番にシフトしていき、ライトが次のピッチャーになればいい。投球の負担が1/9になるから、故障もしなくなるだろう。
攻撃側の打順と守備側の投順の組み合わせで試合展開が大きく変わるので、天敵が生まれたり、選手交代のタイミングが重要になったりと、違った味が出てくるのではないだろうか。

つまり、日ハムの大谷のような打って良し投げて良しの選手がエースになるのだ。
投打に優れた花巻東の先輩たる大谷がプロで話題になっているところに、後輩たる千葉の小兵ならではの戦法が野球のルールという根本的なところに問題があることを期せずして浮かび上がらせたのもまた花巻東の力なのかもしれない。

少子化対策をグローバル化してみたらこうなった、という例

美談じゃ済まされない…スケート連盟に抗議殺到「ちゃんと性教育しているのか」との声も

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130706-00000010-tospoweb-spo
 事情に詳しいフィギュア関係者が言う。「ほとんどがお叱りの電話だと聞きました。現役選手が入籍もせずにいきなり出産ですからね。五輪を目指す他の競技ではとてもじゃないけど考えられない。電話の中には『お前ら、ちゃんと性教育やってんのか!』と怒っている人もいて、連盟関係者は困惑しているんですよ」

 確かに、フィギュア界の“生中出し率”は常軌を逸している。まず、2010年に織田信成(26=関大大学院)が学生時代にデキ婚したかと思えば、今年4月には無良崇人(22=中京大)がデキ婚。そして極め付きは安藤の未婚出産&父不明という異常事態…。有名選手たちの“性の乱れ”を危惧して、怒るのも無理はない。

「連盟は性教育をやるところではない。そんなものは家庭でやるべきなんですが…」と同関係者は頭を抱えている。

なんで頭を抱えたり、苦情が来たりするんでしょうかねぇ。やっぱり「結婚もしてないのに子供を産むなんて」って考える人が多いんでしょうかね。

これらトップスケーターたちは、おそらく世界中を飛び回り、世界各地でスケートをして生活をしている人たちでしょう。たまたまスケートという競技をしているだけで、経済界が大好きな「グローバル化」ってやつを体現している社員と変わりはないんじゃないでしょうか。

グローバル化した社会で生活していくには、人並み外れたハングリー精神が必要なんでしょう。それは当然子作りにも反映されるでしょう。
生活の場がグローバル化すれば当然生活観とか道徳観もグローバル化するわけで、結婚観だけ保守的な日本のまま、なんて事にはならないでしょう。むしろ、グローバル化すれば少子化が解決できるという素晴らしい見本じゃないでしょうか。
グローバルに活躍しながら子供を産んで少子化に歯止めをかける。
政府も経済界もこれを望んでいるんでしょ?

つまり、日本の少子化対策が進まないのは、結婚観や子育て観がグローバル化していないから、っていうことでしょう(笑)
結婚や子育てに対して保守的なのは何も日本だけじゃない。ドイツやイタリア、スペイン、韓国あたりもそうだと言われていて、いずれの国も出生率が低く、婚外子も少ない。

でも、日本人はこの状況を望んでいないから、苦情をいう人がたくさんいるわけで。

社会の鵜飼になるにはどうすればよいか

就職人気「ベスト10」はすべて金融機関 このままでは日本経済の活力失われる?

http://www.j-cast.com/2013/03/05168012.html?p=all
日本経済新聞社が2014年春卒業予定の全国の大学生を対象に調査した就職希望企業ランキングによると、第1位に日本生命保険、2位が東京海上日動火災保険、3位に第一生命保険と、保険会社が並んだ。それどころか10位まで、すべて金融機関なのだ。

金融機関って、会社が危機になっても国が助けてくれるし、そこまで行かなくても救済合併とかで助かるイメージがあるからねぇ。
ビジネスモデル的にも、外国為替だとか資源の高騰だとか天候不順だとか、ある意味防ぎようのない外敵撹乱要因も少ないように見えるから、安定しているイメージがあるかも。

学生の皆さんは金融機関に入って、いったい何を望んでいるのだろうか、などと思います」と話し、銀行などの「黒子」が目立つ社会では活力が失われると嘆く。

主役より黒子のほうが美味しいって気がついたんだと思うなぁ。

海外勢との競争激化や業績悪化に伴うリストラ報道が相次いだこともあってか、とくにトヨタ自動車やホンダ、ソニーパナソニックといった人気上位の「常連」だった自動車や電機メーカーの凋落ぶりは目を覆いたくなるばかり。日経のランキングでは、トヨタが41位、ソニーが60位、パナソニック77位、ホンダは83位だった。

「海外で活躍したい」という学生が目指した大手商社も、いまは三菱商事が20位、三井物産が29位に登場するのがやっと。ANAグループ(11位)や旅行会社のジェイティービー(19位)もベスト10圏外となった。

おそらく、トヨタソニーでも、車作ったり電気機器を作ったりしない職ならそう簡単にはリストラされないのではないでしょうか。
黒子役。すなわち、総務であるとか人事であるとか、いわゆるバックオフィスの方が美味しいということがわかったのだ。
主役たる製造部門や開発部門が頑張れば、会社としての業績があがり、自分の給料も上がるかもしれない。
逆に、会社の業績が下がれば首を切られるのもまた製造部門や開発部門、ということになりやすいだろう。

商社は海外が危険だとか、メーカーは競争が厳しいとか、食品は営業職がキツイとか

これが案外当たったりする。
つまり、最前線に出て行っても、その労苦が報われることなく、使い捨てられることが人生にとって一番危険だということがわかっているので、ここを何とか避けなければならない。安全に行こうと思えばどうしても消去法になってしまうだろう。
この手の仕事につく人を「ソルジャー」「兵隊」などと呼ばれるのも頷ける話。本物の戦争でも同じだ。兵隊がいくら戦地で頑張ってもせいぜい10人か100人程度の敵を倒す程度だ。上官にだけ許されているミサイル発射の権限の前では、出せる成果に決定的な違いがある。成果主義とは、成果が出にくい仕事をいかに他人に回すか、という争いでもあるのだ。
そういう意味では銀行や保険会社は会社まるごとバックオフィスみたいなものだし、他人のお金で稼ぎを生み出すという意味では自分自身で原資を生み出す必要がないということになる。
もっと広い意味で言えば、1次産業である農林水産業は一部の人を除けば非常に低迷している。儲けが少ないのだ。それより食料は誰かに任せて2次産業である工業で飯を食ったほうがまだマシだ、ということ。しかし、これも今キツくなってきている。と、なればものづくりは誰かに任せて、3次産業たるサービス産業に、ということになるが、サービスを自ら行う人は往々にしてきつくて儲かっていない。チェーン店のオーナーや、有期雇用のアルバイトなどより、それを使う側のチェーン店本部やその社員のほうがいい生活をしているということ。
つまり、「鵜飼いの鵜」になってはいけないということだ。
それに気がついた学生たちが「社会の鵜飼い」である銀行や保険会社に殺到した、ということだろう。
そういう意味で、究極の鵜飼いは公務員だ。「公僕」なんていいながら、なんていうことはない、国民の税金で食べている人たちだ。大量の鵜に支えられた鵜飼いそのものである。一番安定した生活を送っているのは公務員であることに異論がある人は多くはないだろう。
これからも新卒の大学生たちは、鵜飼になるにはどうすればよいか、という行動原理で就職活動をするだろう。

体罰も恋愛禁止も追い出し部屋も「達成できない目的」を押し付ける理不尽である

体罰の根っこにある 「理不尽に対する耐性」

http://bylines.news.yahoo.co.jp/kanekotatsuhito/20130201-00023284/
いまはどうだかわからない。だが、10数年前、その大学のサッカー部ではグラウンドを整備するのは1年生の仕事だった。米国からの帰国子女として入学した青年には、それが理解できなかった。なぜそんなことをしなければならないのか。サッカーの上達とはまるで無関係ではないか――。

まったくもってその通り。「サッカーの上達」とグラウンド整備は無関係だ。でも、グラウンド整備は誰かがしなければならない。そこで下っ端たる1年生にだけ押し付ける。1年生である限りグラウンド整備を終えるという目的は達成できない。1年間じっと耐え、2年生にならなければ達成できない目的を押し付けられる。これが理不尽なのだ。

仲里依紗、AKBの恋愛禁止に反論

http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/02/03/0005715992.shtml
仲は「なんか普通に恋愛できないのってかわいそーじゃない?皆1人の人間なんだからそれぐらいするわ!生きてんだからさ。アイドルだって人間なんだから。テレビの前だけでアイドルやってればいいと思う」と同情。

まったくもってその通り。芸能活動は仕事をしている時だけやればいい。休みの時はただの人だ。でも「アイドルは処女」みたいな妙に神聖視されている幻想を守るため、プライベートな時間や考えを持つことは許されない。芸能活動をちゃんとやればそれで良い、という目的を達成するだけではダメで、滅私奉公の精神でプライベートまで犠牲にして人生の全てを捧げなければならない、という達成できない目的を押し付ける。これが理不尽なのだ。あげく、理不尽な目的が達成できないと丸坊主にさせられる。

「追い出し部屋」の背景と対策

http://diamond.jp/articles/-/30895?page=5
 業績の悪化で解雇したい対象が増えてきたこともあって、こうした自己都合退社実現のための器を各社が用意することになったのだろう。表向きには、仕事がある先への人事異動であって指名解雇ではないが、心が折れて自主退社したくなるように社員を仕向ける仕組みである。
 人間の心を痛めつけることを手段として用いるのだから、「嫌な感じ」のやり方であることは間違いない。大企業の悪知恵ともい言いたくなる。

これも同じである。クビは切りたいが簡単には切れない、そこで、達成不可能な目的を押し付け退職させる方向に仕向ける。

根っこはみんな同じなのだ。
仕事に対して達成すべき目的を明確にしない。理屈じゃないんだという精神論でまくし立て、人間形成だとか「道」だととかいう言葉で本来の目的を曖昧にする。
ホリエモンは「法律に触れない限り許される」といって怒りを買った。
朝青龍は「勝てばいい」と言って大鵬に「勝てばいいは間違いだ」と指摘された。
自分で自分を戒めるのは良いだろうが、他の人から戒められる理由はない。ましてや、他人の人生を潰すところまで踏み込んでいいのか、ということだ。

「目的達成のためには手段は選ばなくてよい」とまで言うつもりはないが、押し付ける方は明確な目的があってやっている。押し付けられる方だけが理不尽という不公平な立場で行われているのだ。

体罰も監督やコーチという安全圏にいる人達からの体罰があり、AKBの恋愛禁止も事務所やプロデューサーという安全圏にいる人達からの押し付けルールが有り、追い出し部屋も人事や経営側という安全圏にいる人達が行う仕組みがある。
つまり、人が持つ能力を最大限に活かそうというプラスの発想ではなく、自分のポジションを守るために弱そうなやつを理不尽でもなんでもいいから適当に難癖をつけてイジメよう、というマイナスの発想なのだ。

イジメはあるが祝福する文化のない日本

http://wirelesswire.jp/london_wave/201302010745.html
次に嫌だなあと思ったのは、法律でも何でもない理不尽な決まりを破った人間は、こうやって公衆の面前に曝して、心理的にいびってよい、という考え方を助長している様に感じたからです。丸刈りになった方は別に法律違反をしたわけでも、犯罪を犯したわけでもありません。雇用契約がどうなっているのかもしれませんが、雇用契約違反だとしても、公衆の面前で恥ずかしめを与える必要などありません。こっそり処理すれば良いでしょう。

それに、このグループのルールが、「仕事のために私生活を犠牲にして当たり前」が前提になっている、というのは、すべてを会社に捧げるのが当たり前、という日本の滅私奉公の考え方そのままであります。そういうビジネスモデルだから、とは言っても、昭和的な価値観は今の時代に合っていないのです。エンターテイメントだって、何が社会を良くするのか、考える責任があるのではないでしょうか。儲かるなら何をやってもいい、というのなら、武器商人や麻薬密売人と同じです。

まさにこういうことなのです。

労働裁判所での審理は原則公開なので、会社名も何もばれてしまいます(日本の労働審判制度や「あっせん」は非公開です)有罪になったら大変な賠償金を支払うことになります。それに、本人が訴えなかったとしても、人権団体や女性団体が黙っていないかもしれません。

体罰や恋愛禁止、追い出し部屋というような理不尽なことをやるからには、やる側にもそれなりのリスクと覚悟を背負ってもらわなければならないでしょう。安全圏にいる上の立場から対等な立場に降りてもらわなければ不公平というものでしょう。
達成できない目的を押し付けて「お前は目的を達成できない無能なやつだから切り捨てて当然」というだけの簡単なお仕事を認めてはいけない。