何がなんでもお金は出さない

世の中大不況。クビを切られる人多数。そんなことはもう百も承知。
話は次に進んでいる。

雇用の流動性をはかれという議論に欠けているもの

http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20090106/p1
失業保険42ヶ月をほこるフランスは当然上位に来ますし、ドイツは解雇に伴う労働コストが高い。デンマークは両者ともに少ないですが*2、かわりに所得税が高いことが有名です。日本は両者とも下位に沈んでおり、いわば企業に「甘い」。企業は労働のフレキシビリティを得たいなら相応の負担をせよ、というのが筋なのです。

つまるところ、企業は便利な部分だけ利用してその対価を払っていない、ということだ。
正社員より便利に使えるんだから、利便性が高い分価値があるはずなのだ。その対価をどこかに払え、ということ。
それが派遣社員の給与に反映されてもいいし、社会保障の充実に当てるための税金になってもいい。
とにかく金を出せ、ということだ。分かりやすく「派遣社員税」なんていうものはどうだろうか。
会社内に占める派遣社員の割合に応じて税金を取る、ということ。全員正社員なら当然税金はゼロだ。

しかし、こういう議論はなぜかちっとも出てこない。

それとは別に、この不況ですら「人手不足」という声もちらほら聞こえる。
これについてはこちらが詳しい。

“失業者”と“人手不足”が併存するわけ

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090106
(1)外食サービス業
理由=利幅が薄すぎて十分な人件費が得られない→バイトのみで運営+一部の正社員の労働時間はありえないほどの長時間で過労死危険レベル→勤務が長続きせず常に人手不足。
→解決法:労働基準法を徹底的に遵守させる。odakinさんなどが言われている方法ですね。
当然人件費コストが上がります。3割くらいあがるかもね。

(中略)

(2)医療&介護
理由1=高齢化、核家族化で需要は急拡大している。
理由2=供給側が資格職であり簡単には増えない。
理由3=“収入=公的保険”であり上限があるため、供給者(労働者)の収入が低く増やせない。
→解決法:理由1の点はまた別の論点を含むので後日。理由2なんだけど、議論はあるのでしょうが、ちきりん的には保険以外からの収入増を認めていく必要があるんじゃないかと思いますけどね。

(中略)

(3)農業
理由1=現在のやり方(家族単位の小規模農家が、昔ながらの方法で、)では将来性がない。ので誰も継ぎたくない。
理由2=農水省と農業族議員が、昔からの農家を守るために、競争力をもつ新規参入者が市場に入ってこないよう規制している。ので新規雇用が生まれない。

いろいろと分析、解決方法を示しているが、すべてに共通するのは「儲からない」「収入が増えない」ということだ。
外食産業の話はタクシーや運送業も同列に語れると思う。
とはいえ、労働基準法道路交通法は日本で最も守られない法律とも言われている。「気をつけます」で済むなら警察はいらない、というレベル。いま欲しいのは「強制力」であり、抜け道を作らないか、抜け道を通ったらペナルティがより重くなる制度にすることだ。
これはどういうことか。
メリットを享受する側に強引にでもそのコストを負担させるということだ。

外食産業で言えば、人件費が3割高くなれば、その分メニューの価格も3割高くなるかもしれない。しかし、消費者はそれを良しとしなければならない。いやなら外食しなければいい。

医療、介護で言えば、保険額を上げるか税金をもっと投入すべし、ということだ。保険と税金のバランスはいろいろ議論の余地はあると思う。しかし、消費者はそれを良しとしなければならない。が、ここで「いやならサービスを受けなければいい」とは行かない。人間生まれてから死ぬまで医療、介護サービスを一度も受けることがない、なんていう人はごくわずかであろう。多かれ少なかれサービスを受けるのだ。

そして、解決方法がさらにどこかのブログに飛んでいっているように見える農業分野。

これの解決方法については、m_y_oさんが書いてくださったのでもう十分だと思います。農業って日本でも世界的にみてもすごく可能性のある産業であることはもう間違いない。もう高級車なんて要らない!という人でも、有機栽培で遺伝子組み換えじゃなくて、美味しくて安心な野菜や米を少々割高でも食べたい!という人はたくさんいる。そもそもエネルギーと食料は長期的には世界的にも需給が逼迫する分野なんだからニーズは大きい市場なのだ。

と、言っているが、これは信じがたい。
もちろん世界的に人口は増えている。生活水準があがる国も増えている。需給は逼迫するであろう。

が、農業一本で食べていけるであろうか。この狭い日本で。
アメリカやオーストラリアの超大規模農家ですら、長者番付に載るような大富豪はいない。彼らに物量で勝てるとでも言うのだろうか。どう逆立ちしても物量では勝てないだろう。すなわち、日本が得意とする「超高密度」や「超高効率」という技が使えないのが農業なのだ。
もうひとつこの話を否定せざるを得ない要素がある。それは戦後に答えがあると思っている。

終戦直後、日本は焼け野原。疎開する人もたくさんいた。当然食べ物に困る人が続出した。

日本の歴史はこういう事になっている。
食べ物がロクになかったこのとき、空襲も受けなかったであろう農村は豊かだったのだろうか?
結局食べ物はお金がある都会に流れ、農村は食べるものに困っていた。
現代も同じ。途上国の人がろくに食べられない現状でも、先進国には食べ物が集まる。
農業は「絶対必要」だけど食べ物には「お金は出したくない」のだ。
それゆえかつてのヨーロッパ各国はアジアやアフリカを植民地化したし、日本からブラジルに農業開拓に行った人はどうなっただろうか。豊かな生活を送っているだろうか。

結論から言えば、消費者は直接農産物にお金を出したくない以上、農業にも税金投入など公費負担をし、間接的に消費者たる国民がコストを負担をしなければならない
ここでも「いやなら食べなければいい」とは行かない。人間、食べなければ死ぬ。必ず受益者になるのだ。


話を元に戻そう。お金を出したがらない、という話。

いま、失業している人にこれらの産業に就いてもらったらどうだ、という話は「もうからない仕事だけど死ぬよりマシだろ」っていう議論の域を出ていない。心のどこかで奴隷が欲しいと思っている。しかし、この話は危険だ。いったん水準の低い労働環境が認知されるとすべてがそこに揃ってしまう。サービス残業しかり、低賃金しかり。

物価が上がるインフレより、収入が減っても物価が下がるデフレのほうがいい、という発想は、出て行く「名目の額面」を減らしたいという考え方そのものだろう。


そんな中、こんな動きが出てきた。

ワークシェアで雇用維持、経団連会長「一つの選択肢」

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20090106-OYT1T00626.htm
 御手洗会長は、同日の経済界の新年祝賀パーティーの冒頭あいさつでも「企業が、緊急的に時間外労働や所定労働時間を短くして、(非正規労働者らの)雇用を守るという選択肢を検討することもあり得る」と述べた。

これは先に書いた「抜け道」が存在する以上、現在雇用されている人と失業している人の両方がひどい目にあうであろう。

その理由として、1つは、職場に人があふれることで、よりサービス残業が横行する事になる。
サービス残業がなくならないまま不況になってしまった。こんなところで残業代払え、なんていったら、クビになるかもしれない。いや、これは不当なんだろうけど、裁判などで戦えるだけの力はないであろう。クビを切る側は違法だと分かっていてもメリットがある以上やめないだろう。職場での社員同士の競争のみが激しくなるので生き残りに必死になるだろう。形を変えた成果主義的要素が強くなることも十分考えられる。おいしいのは経営側だけだ。
いま必要なのは経営側もコストを負担すること。すなわち、人件費を増やすこと。1千万円稼いでいる人を2千万円にする必要はないが、200万円しか稼いでいない人を400万円にしてあげること。

もう1つは平均的賃金が下がることで、中間層が大きく地盤沈下し、全体的に貧困層に近くなる。
ワークシェアリングは、働き方の如何にかかわらず、人件費を固定したまま、人を増やすという事に尽きる。
つまり、一人あたりの取り分は減る。痛みを分かち合う、という言葉は一見美しいが、人件費を固定している以上、経営層は痛みを分かち合っていない。

つまり、この場に及んでなお、必要なコストを払うつもりはない、というのが経団連の考え方なのだろう。