旧成人に おとなの身勝手な言い分が国を萎えさせる

【主張】新成人に 君らの元気が次代を作る

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/110110/trd1101100336003-n1.htm
 ネット上に愚痴をこぼすだけだったり、「どうせよくならない」と諦めたりするような傍観者的態度は若者らしくない。春には統一地方選挙もある。投票権を行使し、「自らの将来は自らの手で」との意気込みで社会に積極的にかかわっていってほしい。

 おとなの身勝手な言い分に聞こえるかもしれないが、君たちの元気が国を元気にするのである。

大人の身勝手です。

戦後の高度成長期のように次世代にツケを回す時代はもう終わりました。
「自らの将来は自らの手で」との意気込みで自ら蒔いた不始末のタネは自ら刈り取ってください。
それが大人というものであり、これからは大人としての責任と自覚を持って行動していただきたい。

あなた方旧成人が成人式のときにも同じこといわれませんでしたか?
「君たちの元気が国を元気にするのです」
と。

負けるとわかっていても戦わなければならないときがある、とでも言いたいのだろう。その意気込み、その意思はわかる。

が、しかし、時代が違う。

あらゆる分野で新規開拓が容易で、1ドル360円で貿易をし、社会が成長し、金銭的にどんどん豊かになり、頭数も多く、働けばそれ以上に見返りがあり、暴れることも反社会的なこともある程度は容認されてきたおおらかな時代で、若者が社会の一大勢力だった旧成人の若かりし頃。
あらゆる分野が既得権的に独占されている状態で、1ドル80円で貿易をし、社会が衰退し、金銭的に貧しいままで、頭数も少なく、働いた分の見返りも期待できず、暴れる事はおろか「空気を読め」といわれる窮屈な時代で、若者が社会の一勢力としてすら認められなくなってしまった新成人。
そのまま比較するのは酷というものだろう。
昭和の勢いと感覚そのままで「がんばれ、若者」といっても心には響くまい。

旧成人たちは、さらにその上の世代が「国のため、子のため、孫のため」と惜しみない努力を下の世代に注いでくれたおかげで成長できたことを忘れてはいけない。
旧成人たちは、新成人やさらにその下の世代のために努力しているだろうか。

競争社会であることをいいことに、教育を放棄した先輩社員になってはいないか。
少子化であることをいいことに、自分磨きと称して瑣末な趣味趣向に多大なお金と多くの時間を費やしていないか。
多様な生き方が認められることをいいことに、他人に無関心な生き方をしてはいないか。

今一度、旧成人たちは自らの欲を捨て「国のため、子のため、孫のため」に献身的な努力をしなければならないのではないだろうか。