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「ステマ」と「韓流ごり押し」は表裏一体。笛を吹かれたら踊りたくなくなる。

ステマ”が壊す日本の未来

http://news.livedoor.com/article/detail/6194415/
インターネットは情報を能動的に仕入れるところなのだから、自己責任のもとに情報を取捨選択のうえ判断すればいいと言われればそれまでかもしれない。

インターネットだけじゃない。社会生活で流れる情報のすべてにおいて「自己責任のもとに情報を取捨選択のうえ判断すればいい」のだ。それが面倒くさい、難しい、出来ない、と言うのであれば、お金など何らかの対価を払って誰かに取捨選択してもらえばよい。
それこそが「有益な情報」と言うものであろう。

本来は消費者にとって有益な情報でさえも誤認されたうえに、理解されない事態が発生するのだ。

しかし、どんな有益な情報とはいえ、結論から言えばどんなものであっても最終的には「マネタイズ」の手段としての情報であり、なにがなんでもお金を払いたくない、と言う人にとってはどんな情報も有益ではないのだ。
逆にリスクなしで「お金あげます」なんていう有益な情報は存在しないし、あったとしても信頼されないのはこのためである。
裏を返せば、マネタイズに関係ない情報は基本的に信ずるに足りる情報であり、もし、裏切られてもリスクを負わなくてよい情報である。

食べログ問題で表面化したステルスマーケティングの脅威

http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/21566/
グルメ情報のレビューサイトである「食べログ」(運営:カカクコム)上で、特定の飲食店に対する好意的な評価を書き入れるかわりに、その飲食店から金銭を授受するというクチコミ代行業者が存在することがわかり、問題になっている。要はヤラセである。

食べログのやらせ問題が大いに批判された理由は恐らくこんな感じであろう。

食べログと言うサイトは、食べログ運営者とそこに掲載されているお店のどちらの関係者でもない、お金を払ってお店に食べに行った人の率直な感想が掲載されている、食べログとお店のマネタイズにつながらない情報が集まっている、というものであり、利用者はそこにもっとも「有益性」を見出していたのである。
今回のやらせに限らず、食べログiPhoneアプリの有料化のときも批判をされていた。

食べログiPhoneアプリ版 一部有料化でレビュー炎上

http://www.j-cast.com/2010/09/21076424.html?p=all
「ユーザーの善意のレビューで成り立っているくせに有料?」

このときの批判と本質は同じなのだ。
ユーザーの善意、といえばなんとなくボランティア的な雰囲気にも受け取られやすいが、ユーザーの善意と言う言葉の中には「ユーザーなりに公平性をもって評価しました」という意味が含まれているのだ。

今回、たまたま食べログの件から「ステマ」という言葉が爆発的に広まったが、これはネットの特性によるものと考えた方がよいであろう。

そもそもネットと言うものはマスコミのカウンターメディアとしての立ち位置があり、その立ち位置を心地よいものとして捕らえている人が少なくない。「ネットで真実を知った」と真顔で言ってしまう人がまだまだ多いのだ。
そんな中、企業が考え出した「ステルスマーケティング」と言う秘密裏に進めるべき広告戦略をネットの住民があぶりだしたとなれば、これこそ「ネットで真実を知った」の醍醐味を地で行く展開だからである。
ニュース報道などでも「マスコミは事実だけを言えばよい」というネット住民が少なくないのはこのためであろう。それは「評価は自分たちが行うから」という考え方が浸透しており、マスコミが考える評価は「マネタイズが絡んでいる以上、きっとどこかに阿っているに違いない」「だから偏っている」と考えるのだ。

その端的な例がいわゆる「韓流ごり押し」騒動である。これも別に韓国憎しというわけでもなく、韓流スターに嫉妬しているわけでもない。
ネット住民が自己責任のもとに情報を取捨選択のうえ判断、分析した結果「韓流は特に興味なし」とか「特別すばらしいと言うわけではない」と言うような印象を持っているにもかかわらず、あたかも国民的人気になっていて、国中がこぞって韓流を推しているような情報がマスコミから一方的に流れてきているから、なんか変だ、と違和感を感じているのだ。

この二つには共通な点がある。
一つは、どちらも企業やマスコミなど、供給サイドが主導権を握って、需要サイドの情報を撹乱していること。もう一つは供給サイドが「流行っているんだから盲目的に流行に乗れ」という前時代的な発想でモノを売ろうとしていることである。

ステマ」はそれを目立たない形でやっていること。「韓流ごり押し」はそれを目立つ形でやっていること。
たったそれだけの違いで、それ以外はやっていることが同じなのだ。

笛を吹けば踊るだろう、なんていうマーケティングはやめるべきである。こんなに情報が溢れている時代だ。笛の音なんてかき消されてしまう。むしろ、そんな笛に踊らされてたまるか、とすら思われてしまうだろう。

むしろ笛を吹かずとも、消費者が利益を感じるモノ作り、商品作りをすべきであり、小手先だけのブームに頼るやり方はもはや通用しないと思った方がよい。
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