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子育てが儲かる仕事にならないと少子化は解決しない

日本は、なぜ少子化に敗れたか

http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/642a4306e87890ddce8d7a619129c2d9
本コラムでは、少子化を緩和するため、0〜2歳の乳幼児に月額8万円を給付することを提案している。大概の人は、この額を聞くだけでギョッとする。現在の児童手当は1.5万円だから、その5倍以上という「常識外れ」の額だからだ。しかし、乳幼児の保育は手がかかり、保育士1人は子供を3人までしか看れない。3人分の給付で保育士を雇えるぐらいの対策をしないと、意味あるものにならないのである。

コラム主は、月額8万円という額は「常識はずれ」と言いながら提案しているが、非常にバランスの取れたいい額だと思う。二人育てれば月額16万円だから、これだけで細々と生活していけるし、三人育てれば月額24万円だからそれなりに余裕のある生活ができるのではないだろうか。
こういう話をすると得てして「保育代が高すぎる」という話が出てくるが、こういう人は保育する側にも生活があることを忘れてはいないだろうか。消費者として保育してもらう側に立ったときはできるだけ安く、サービス提供者として保育する側に立ったときはできるだけ高く、と、ものの考え方がダブルスタンダードになっていてはこの問題は解決しない。
月額8万円の給付は0〜2歳に限らず、義務教育が終わる15歳までやってもいいのではないだろうか。そこまで給付しておけば、将来お金が一番かかるであろう高校、大学への学費にも備えることができるだろう。
月額8万円を15年、つまり180ヶ月支給すると一人頭1200万円になる。少なめに見積もって1年間に100万人の新生児が生まれると仮定しても15年間で1500万人になる。毎年1500万人の未成年者に月額8万円=年額96万円を支給すると年間で14兆4千億円も掛かる仕組みだが、現状でも年金に年間50兆円以上給付し、医療費に年間30兆円以上給付しているんだから、ちゃんと回る仕組みが出来れば決して無茶な数字ではない。
これをそのまま予算化し、税金で穴埋めしましょう、増税しましょう、といってもいいんだろうけど、それだけでは「税金を払ってでも子育てしないほうがリスク回避になる」「税負担をしても子育てするよりは得だ」にという話に突き進んでしまう可能性があり、こうなってはダメなのだ。お金は子供を産まないし、お金は子供を育てることはできない。子育てに汗をかく事が必要で、その労苦に報いる制度が必要なのだ。
コンビニやファストフード、居酒屋チェーン店のように、国がFCのフランチャイザー(本部)になって、若年層を子育てショップのフランチャイジー(加盟店)に仕立て上げ「名ばかり店長」として馬車馬のごとく子育てをさせ、本部たる自分たちは汗をかかず税金や保険料と言う名の「ロイヤリティー」を吸い上げ、本部は一切汗をかかない・リスクを負わないというシステムでは、子育ての成り手がいなくなるのは当然の結果である。
コンビニのオーナーが見つからない、FC店のオーナーが見つかりにくい、と本部が嘆いているのと本質は一緒なのだ。
また、国民負担という話が出てくると、そこから得られる利益も国民全体で得るべき、という話が出てくるのだが、それでは「フリーライダー」と呼ばれる人を減らすことはできないだろう。
コンビニやファストフード、居酒屋チェーン店で働くアルバイトに、もっとお客さんが増える知恵を出せ、客単価が上がるアイデアを出せ、と言いながら、賃金は据え置きだったり、お店の利益や貢献度に見合った賃金にならないようでは、知恵もアイデアも出さなくなるのは当然であるように「少子化は国全体の問題だからみんなで頑張って解決しましょう」、でも「少子化解決の利益は特定の人だけが享受します」ではダメなのだ。
こういう話をすると、昔は貧乏でも子沢山だった、という人がいるが、労働環境の違いを無視している人が多い。子沢山だった時代はサラリーマンが少なく、農家が多かった。つまり、通勤に時間を取られることもなく、自営なので好きな時間に自由に子育てに戻ることができた。しかも、機械化が進んでいなかったので、家族の中で労働力が増えることは「儲け」につながったのだ。だから、人手を増やすために子供をたくさん産んだのだ。農家では労働力として優れている男児を優先させたのも、人手不足になっても外部から人を雇うという発想がないのも、労働力にコストパフォーマンスを最大化させるために子沢山だったのだ。この辺の事情を忘れてはいけない。
この辺の感覚は実は現代でも変わらない。
現代でも子育てが自分の利益につながるならば喜んで働くだろう。
つまり、子育ての負担は国民全体でも、利益は子供を育てた人に集中させ、「子育ては儲かる」と言われるぐらいにならないと「自分が一番」「おしゃれな生活」といって憚らない大人の心には響かないだろう。
少子化の問題は高齢化の問題である。各方面で言われているが、少子化している当の子どもたちは特段困っていない。困っているのは、子どもたちに寄りかかろうとしている高齢者なのだ。それ故、少子化を解決するには「年金制度を廃止すればいい」という意見が必ずでてくる。これは賦課制度により所得が若年層から高齢者層に移転することに対する不満が大きいからだろう。この不満を取り除くには、若い世代の子育てに対する自分の労苦が歳を取った時に還元される仕組みになれば良いのだ。これはフリーライダーも防止できるので一石二鳥だ。
では、具体的にどうすればよいか。子育てという労働を年金保険料の代わりできることを認めれば良いのだ。子供を育てている間は年金保険料や健康保険料を免除し、子育て行為そのものを労働による保険料の代わりとみなすのだ。さらに露骨なことを言えば、たくさんの子供を育てた人にはたくさんの年金が給付されるようにすればいい。給付額は子どもと同じ、一人育てると月額8万円。二人育てれば月額16万円で細々と暮らしていける額であり、三人育てれば月額24万円と、ゆとりある生活が送れるようになる。子育て二人だと現状維持だが三人なら人口増に貢献したことになる。この差は決して小さくないだろう。これらの負担は子育て以外の世代が行うことになるが、人口が増えれば増えるほど負担率は下がる。
この制度の肝は「金を払って労苦を回避する」ことを良しとしないことだ。老後に金銭的に楽な生活をしたかったら、子育てという社会貢献をしなさい、というメッセージを込めることができる。厚生年金なら企業と個人が保険料を折半しているのだから、社員の子供が増えれば増えるほど企業負担が減ることになるから、インセンティブも働く。つまり「子育ては儲かる」ようになるのだ。
大人に育った子供は、子育てに掛かった以上の富を生む。社会全体としては儲かるのだから、子育て給付金のシステムは破綻しないはずだ。