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地方化する日本、田舎化する東京

「すごい日本」ブーム…底流には何が?

http://www.yomiuri.co.jp/culture/news/20150325-OYT8T50090.html
番組企画は、中国人の“爆買い”現象をきっかけに生まれた、と村上徹夫プロデューサーは明かす。

これまでは日本人が海外で爆買いすることはあっても買われる側になることはなかった。
そして、東京の経済力を地方に振るうことはあっても東京が経済力を振るわれることはなかった。

日本人はその事実に驚き、外国人が自らの社会や文化に興味を持ってくれたと喜んでいる。そして「日本のどこに魅力があるのか」と確認し、自己を肯定しようとしている。

これまでは日本人が日本のことを褒めようとしても否定された。それは「謙遜」だったかもしれないし「自信のなさ」だったかもしれない。しかし、来日した外国人が日本のことを褒めればそれは無条件で肯定される。日本人はいつだって外圧に弱いのだ。
そして、この感覚は地方(田舎)も同じ。
地方の地元民は、地元のことを東京と比べれば経済力もブランド力も情報発信力もない、遊ぶところも自慢するところも憧れられるところもない、と地元を否定している。それは「謙遜」だったかもしれないし「自信のなさ」だったかもしれない。でも、東京から来た人が地元の田舎を褒めてくれればそれは無条件で肯定される。地方民はいつだって東京の声に弱いのだ。

多くの人は「日本が優れているから、他国の上に立つべきだ」などとは思っておらず、節度がある。

ところが「肯定すること自体が良くない」「常に批判の目を忘れてはならない」と思考停止に陥った上で過剰に卑下する人が少なくない。
この思考停止が長く続いた下向きの圧力に対する反発が「すごい日本」ブームなのではないだろうか。
客観的に良いものは良いと肯定し、悪いものは悪いと否定すればよいのではないだろうか、という考え方ができないか、という感覚なのではないだろうか。
その感覚が地方(田舎)でいうところのいわゆる「ご当地ブーム」であったり「地元愛」であろう。
つまり、裏を返せば、日本が地方化し、日本国内のあらゆるものの頂点であった東京の田舎化なのだ。