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欲も夢もやる気もある。ただ、成功の方程式を完成させるためのパーツが揃わない。

http://www.sankei.com/column/news/160302/clm1603020006-n2.html

だが最近は、あえて高級衣料や電気製品をそろえず、必要に応じてレンタルする人々も多い。自動車にしてからが「要るときにレンタルすればよい」という向きも増えている。

 物を欲しくないわけではない。物を買っても自慢できなかったり話題の中心になれないから買わないのだ。新しい物を買っても仲間内でネタとして話題にできるのは数日間だけ。そのために何年も使う衣料品や電化製品を買うのはコストパフォーマンスが悪いのだ。でも、ちょっとは新しい物に触れてみたい。だったらレンタルでいいじゃないか、ということになるのだ。

もちろん、高級ブランド品のように何年たっても評価が落ちない、話題性があるものは買うだろう。しかし、そういう高級なものを庶民が買えるはずもなく諦めるのだ。

逆に言えば、話題になりやすい、自慢しやすいものは庶民でも買っている。スマートフォンがいい例だろう。テレビやエアコンなどを2~3年で買い換えるだろうか。新しい機種が出るたびにニュースで報道されるiPhoneのような話題性を持った高級衣料や電化製品があるだろうか。

http://www.sankei.com/column/news/160302/clm1603020006-n3.html
だが90年以降の日本は経済も人口も頭打ち、よほどの努力と幸運に恵まれない限り、人生を変えるほどの飛躍はない。むしろ予測されるのは意外な転落である。人はみな臆病な心配性になってしまったらしい。

 一度落ちたら這い上がれない。だったら現状維持でいじゃないか、ということになる。
企業だって不用意に物は買わない。短期間しか必要でないものや変化が激しい世界のものはリースやレンタルで必要なときに必要な物だけを使っている。
企業活動でリースやレンタルが当たり前になっているのに、個人消費活動はしっかりモノを買いなさい、と言うのは筋が通らないのではないだろうか。

http://www.sankei.com/column/news/160302/clm1603020006-n4.html
それがなぜ、最近の日本人に限り40歳になっても結婚しない者が多いのか。

 企業だって新規事業に進出するでもなく、ただひたすら内部留保を増やしているだけではないだろうか。いつか出来るであろう新しい市場に進出するためにコツコツとお金をためて備えているのだろう。今時の現役世代は昔と違ってサラリーマンが多い。家計や家庭は企業活動を真似するのだ。企業が給料を減らせば家庭は支出を減らす。企業が社員をクビにするようなリストラを行えば、家庭は子供を産まなくなり家庭内をリストラするのだ。

http://www.sankei.com/column/news/160302/clm1603020006-n4.html

実際、現在の日本社会の最大の危機は、社会の循環を促す社会構造と若者層の人生想像力の欠如、つまり「やる気なし」である。「欲ない、夢ない、やる気ない」の「3Yない社会」こそ、現代日本の最大の危機である。

 つまり「若者層の人生想像力の欠如」ではなく、想像力が豊かであり、人生の成功に必要なパーツは何か、ということも良く分かっていて、自分なりの人生の成功の方程式も知っているのだ。
しかし、そのパーツが揃わない。そのパーツは買うことはおろかレンタルすらできないものばかりなのだ。

http://www.sankei.com/column/news/160302/clm1603020006-n5.html

今の日本は世界で最も「安心で安全で清潔で正確な国」だ。だがあまりにも安全清潔に徹する規制と厳格な基準の故に、人々の楽しみを奪い、やる気を失わせているのではないか。官僚、教育などの猛省を促したいところである。

安心安全、規制と厳格な基準もまた一般の家庭に深く浸透している。社会的な成功より、失敗しない事を重視するのが日本の「安心安全」である。極端と思われる例が原発だろう。100%の安全が確保されないかぎり運転するべきではない、という声が一定量存在するのもこういう「厳格な基準」が良いとされるからではないだろうか。
不確定要素という変数が残ったまま新しいことにチャレンジする物理的精神的余裕が無かったり、認めたがらない癖がついてしまうのも「安心安全」という「厳格な基準」があまりにも「やらない理由」として居心地が良すぎるからなのではないだろうか。