労働者の奴隷化に対抗しているということ

本当に心療治療が必要な人はどれくらい?日本に蔓延する“病気になりたいシンドローム

http://diamond.jp/articles/-/9247?page=4
「町医者としては、日々、その辺の葛藤もあります。結局、精神医療の現場では、レントゲンで心が見えるわけでもなく、基本的には問診が中心。本人が“つらい”と訴え、“夜、眠れない”“朝になると、いろいろな症状が出てくる”など、問診である程度所見が認められれば、診断書を書かざるを得なくなる。しかし、それは、嘘ではない。診断書を出せば、堂々と会社を休めるわけです」

 岡田先生は、そんな「疾病利得」の心理機制が働いて、外来者には「どこかで病気と認められたい」「引きこもっている理由を探したい」という傾向があるのだろうと推測する。こんな閉塞的な時代状況の中で、日本の社会には、いわば“病気になりたいシンドローム”のような空気が蔓延しているのかもしれない。

“病気になりたいシンドローム
私は形を変えた「自由に働きたいシンドローム」なのではないかと思う。

いつまでたってもよくならない景気と雇用情勢。正社員という安定した椅子は減り続け、非正規という「いつクビが跳ぶかわからない恐怖」におびえながらの仕事。
企業の論理が容赦なく浴びせられる。
「代わりはいくらでもいる」「嫌なら辞めろ」「サービス残業は当たり前」「有休なんてとったらクビだ」「ノルマを果たせなかったら罰金」「営業費用や交通費は自腹」「退職強要まがいの配置転換」
などなど。ちょっと考えただけでもぞろぞろ出てくる理不尽な労働環境の数々。

それでも仕事はやめられない、でも休みたい。安心して休みたい。

そのお墨付きを得るために、免罪符を得るために診断書をもらいに走る人々。しかも、病状は見ただけではよく分からないもの。しかし、これはよく考えると「当たり屋」がいちゃもんをつけるときの常套句でもある。つまり、労働環境はヤクザまがいのことまでしないとわが身を守れなくなってきているのだ。いよいよ「法律違反をしなければなにやってもOK」の時代がやってきたということだ。モラルも道徳も義理人情も一切なし。

こうなると、企業サイドは「指定病院」や社内「産業医」以外の診断書はみとめない、とか言い出したり、診断書を持ってきた時点で強引に退職に追い込むようなことが出てくる事は間違いないだろう。