税金│日本の、これから

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日本の、これから」を見た。
竹中も、森永も、伊吹も、それぞれの持論を展開した。
それぞれに一長一短があって、これがベスト、と言うものはない。
でも、終盤に竹中がボソッと口にした一言がすべてを物語っているように見えた。


「消費税増税反対の人たちがみんなスウェーデン(高負担高福祉)派なんだよね、おもしろいよね」


日本国民の大多数は、支える側ではなく、支えられる側としての議論しかできなくなっている。
受益者の視点。消費者の視点。これしかなくなっている。
自ら働き、税金を納め、ボランティアをし、地域に根ざし、親子兄弟親戚の面倒を見、所得を得る。
そして、子供や高齢者を支える。この視点がまるでない。あまりにもなさ過ぎる。
払った税金の元は取らなくちゃ。そんな気持ち。
社会福祉はとり放題のバーゲンセールなのか?
食べ放題の焼肉なのか?
選び放題のバイキングなのか?
確かに、公務員やそれに準じる人たちの不祥事、無駄遣いは目に余る。しかし、ひどいといわれている厚労省の無駄遣いですら、発覚した分だけ見れば数十億。(グリーンピアとかは一応解決済みとして)一人頭にすればわずか数円。一世帯あたりでみても数十円や数百円だ。
立場の違いがあるとはいえ、日本全国の家庭で100円の無駄遣いすらしていない、なんていう家庭はそれほどないだろう。

それどころから、願わくは「低負担高福祉」を望まんとする空気。しかも、それが当然であるかのごとき空気。
労働者としての自分を忘れ、消費者としての自分のみを押し出す。いいのか?これで???日本人ってこんなにも一面的にものの見方しかできない国民だったのか?
無宗教or多神教に生きてきた日本人が、「消費者教」という一神教に陶酔する。われこそが最強の立場である、と。勘違いもはなはだしい。モンスターペアレントクレーマーなど、一連の社会問題にも通じるところがある「消費者原理主義」。
負担した以上の受益が欲しい。コスト以上のパフォーマンスが欲しい。払った以上の見返りが欲しい。
これはとてもいやな消費者だ。そこまで日本人は誇りを失ったのか。
元を取ることこそが使命なのか?少しでも得をしたいのか?

「支えあい」「お互い様」というサイクルを忘れてはいないか、日本人。
労働者であると同時に消費者でもある日本人。
不祥事にうるさい日本人。儲かった人にも嫉妬する日本人。そろそろ覚悟を決めるときではないか?

餌となる獲物を得られなかった動物は死あるのみ。
だが動物は食べきれないほどの獲物は仕留めない。

そろそろ日本人は覚悟を決めるときではないか???