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クレジットカードでバレる「本当の階級」

http://waga.nikkei.co.jp/comfort/shopping.aspx?i=MMWAg5000009122008

 現金主義を貫き、クレジットカードをあまり使わない人が結構いる。しかし、カードの利用歴を磨いておかないと、上級カードへのグレードアップは望めない。しかも、「経済偏差値」と訳される、利用・返済歴に基づくクレジットスコアが日本にも導入されそうな気配だ。

なんか変な感じだな、これは。
「底辺校で誰が一番成績がいいか」みたいな会話じゃないのか、これは?

これからは個人の金銭的信用度が「クレジットスコア」で計られる時代が近付いている。既に米国では当たり前の存在となっているクレジットスコアだが、日本での導入は早くても来年以降となりそうだ。しかし、国内カード会社がそれぞれに管理しているクレジット履歴の共通データベース化の準備が進んでいることから、いずれは日本でもクレジットスコアが業界共有の判断基準として力を持っていくのは間違いないと見られる。

アメリカみたいに偽札が横行してて「現金お断り」みたいな文化だったらカード依存もアリかもしれない。アメリカ国民全体がカード会社に財布の首根っこを押さえられていて、自らの稼ぎとは無関係に業界全体で横断的にスコアリングされちゃって、カードなしでは何も買えない、という前提があってその考え方が生きてくる。

日本人は現金主義というよりは無借金主義といったほうがいいのかもしれない。
与信なんていう「信頼できないもの」ものに頼るより、いつもニコニコ現金払い。金の切れ目が縁の切れ目。お金のトラブルが人間関係に大きな影響を与えることはよく知っている。しかも、日本人は人付き合いが濃密。アメリカみたいにドライじゃないし、遠くに逃げおおせることもできない。いやでも人付き合いが必要になる。そうなれば、お金に汚い人にはなれない。

 クレジットカードをきれいに使っているか否かで、個人の信用力にかなりの開きが出る時代になってきた。今やカードは持っているだけでは意味はない。それなりの金額を使い、しかもきちんと返済して、自分の履歴を磨き上げてこそ、カードは持つ意味があるのだ。

クレジットカードをきれいに使うことが目的化している時点ですでにおかしい。お金を使えば使うほど信頼度が上がる、というのもおかしい話。今月100万円使ってくれたあの人が来月100万円使ってくれるのか?アメリカ人的発想ではそうなのかもしれない。でも、日本人はそんなの信用しない。先月100万円も使うような奴は来月には一文無しになっている可能性が高い、と嗅ぎ取る。
カードが必須でない日本の社会ではカード会社がどんなにあおっても「現金決済」という道がしっかり残っている以上、カード会社に縛られることはない。だから、無職の人でも現金があればモノが買えるし、彼らがカード会社に信頼されるためにお金を使うなどということはありえない。

 日本では勤め先の格や年収の水準が個人の信用力を推し量る目安に使われてきた。しかし、クレジットスコアが浸透していくのはそう遠くない先の事だろう。その時になってあわててクレジットスコアを磨こうとしてももう遅い。自分の履歴をブラッシュアップするのは、今のうちから始めておくに越したことはない。

よってもって、これはばかばかしい話。
むしろ、自分の財布の首根っこをクレジット会社にわざわざつかませるアホが増えるとは思わない。
無借金で生活する人は、自分のお金を自分で使えないなんていう状況にわざわざ持ち込む人はいないだろうし、しょっちゅう借金をするような人を顧客に迎えるクレジットカード会社もないだろう。カードなしでは何も買えないっていう状況ではない、どこのカードも使わない、という選択肢がある以上、「お金を持ってるのは客」「スコアリングされるのはカード会社」なのだ。勘違いも甚だしい。
今回の経済危機の発端になった「サブプライムローン問題」はまさにここにある。「しょっちゅう借金をするような人を顧客に迎える」アホな会社の尻拭いができなかったからこそこんなことになったのだ。このタイミングでこんなことを平気で言っちゃうカード会社のほうが読めてないような気がする。
今日本では車が猛烈に売れなくなってきている。単身者が増えているから一戸建ての住宅を買う人は減るだろう。どういうことか。ローンそのものを組むシーンが人生の中で一度もない人が増えてくるだろう。お金がある人はいつもニコニコ現金決済。お金がない人はそもそもそんなの買わない。金貸しはお金が返ってこないリスクを抱えているということを忘れてはいけない。