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若い女性は田舎で生贄を育てて東京様に差し出せ→若い女性「私も生贄がほしいから東京に行く」

「極点社会」人口減少の現実

http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_0502.html
全体の5割に上る896の市町村で、子どもを産む中心的な世代である20代から30代の若年女性の数が、2040年には半分以下になるというのです。
(中略)
都道府県別にみると、北海道・青森・岩手・秋田・山形・和歌山・島根・徳島・鹿児島などで、若年女性の数が半分以下になる市町村の割合が高く、最も高い秋田県は、25ある市町村のうち24に上っています。

「若い女性」と「子供を産む」を結びつけるのはそれほど不自然なことではない。
しかし、「若い女性」と「都道府県」をなぜ結びつけるのか。
確かに地方で若い女性が減ることは事実であろう。しかし、海外に移住でもしない限り、日本国内における若い女性の総人口は変わらないはずだ。どこに住んでいても子供を産むことは可能なはずである。ところが…

若年女性が向かう東京は、全国で最も子どもを産み育てにくい都市です。

まずここを何とかしろ、と言いたい。
大都市・東京様たるもの、子供を産み育てにくくて当然である。東京様はお金を稼ぐための仕事で忙しいのだ、子育てや介護なぞしている暇はない、とでも言いたげな姿勢である。
この姿勢は裏を返すと、子供を産み育てるのは地方の役目である、と暗に言っているのだ。
事実、老人を都内から北関東などの近県に移して介護するというケースが散見される。コストが安いから、というのがその理由らしいが地方に対して失礼千万である。賃金格差を利用して地方を奴隷扱いしたいという願望が現れている。

婚率は全国で最も高く、出生率は全国で最も低くなっています。
その背景には、借家の平均家賃が全国で最も高いことや、保育所の待機児童の数が最も多いことなどがあります。

果たしして原因はそれだけであろうか。むしろ家賃や保育所は結果論ではないだろうか。

私たちは、多くの地方で、若年女性の雇用の大きな受け皿になっている、医療・介護分野の事業者の動向に注目しました。

根本的な原因はここにあるのではないだろうか。
地方で若い女性が働く場といえば医療介護の分野。
しかし、医療介護の分野は全国的に人手不足である。医療介護の人材が足りなくなった現場ではますます過酷な労働を強いられるようになり、退職者がますます増えるという悪循環に陥る。つまるところ、絶対的な数が必要なのだ。数が必要ということになれば、自ずと大都市が有利になる。かくして、医療介護の人材は大都市へと移動することが容易に予想できるのである。

首都圏だけでは、十分な人材の確保が難しくなりつつあるとして、地元を中心に地方のリクルート活動に力を入れ始めていました。
健祥会」は、今年度に入って、人材確保のために新たな部署を立ち上げ、全国各地を回って人材を集める準備を進めています。

予想通りである。賃金の高さや人材の豊富さ、職場環境の良さは大雑把に言って人口に比例する。人材獲得合戦において地方は大都市に勝てないのである。

そもそも、若い女性みんなが医療介護職に就きたいわけではない。他の仕事をしたい人だってたくさんいるはずである。ところが、それが地方で可能なのであろうか、という疑問がわく。往々にして、地方での仕事は農林水産業のような一次産業、もしくは工場のような二次産業が主体であり、女性が就きたいと思うような三次産業の仕事が圧倒的に少ないのである。
それ故、

私たちは、多くの地方で、若年女性の雇用の大きな受け皿になっている、医療・介護分野の事業者の動向に注目しました。

こういうことになるのだ。
これでまず、医療介護以外の仕事をしたい若い女性はみんな大都市に出てくることになるのだ。果たしてこの流れを止められるだろうか。この流れを止めるということはすなわち「若い女性は田舎で医療福祉でもやってろ」ということに等しい。

かつて男女の性別役割分担を強いるのはよくない、ということで男女平等を唱えるようになった。
今度は性別に加え、大都市と地方という「地域別役割分担」を強いるようになってきた、ということなのだ。

「女性というだけでやりたい仕事もできない」というと「それはおかしい」とすぐにピンとくるのに、「地方に住んでいるというだけでやりたい仕事もできない」というのは正しいことなのだろうか。大都市に引っ越せばできる、というのならまだいいだろう。しかし、番組では最後にこう結んでいる。

人口移動の流れを変えるには、さまざまな分野にわたる対策が必要です。

「人口移動の流れを変える」と言ってるが、もっとはっきり言えば、若い女性を田舎に縛っておくにはどうしたらいいか、と言ってるのだ。
これはどういうことか。

若年女性が向かう東京は、全国で最も子どもを産み育てにくい都市です。

東京は子供を産み育てにくい。これは既定路線であり、変更する議論の余地はない。だから若い女性には、東京に出てこないで地方で子供を産み育てて欲しい、と言っているのだ。
これが冒頭で疑問を感じた、「若い女性」と「都道府県」をなぜ結びつけるのか、という疑問に対する答えである。
東京に住んでるオヤジ達のために、若い女性は地方に住んで子供を育てて、医療福祉職で働き、面倒を見て欲しいって言ってるのだ。なんと図々しい態度だろうか。

若い女性は地方に住んでいたらそういう目に合わされるとすでに見切っている。だからこそババを引かされないように、いち早く大都市に避難してくるのだ。地方に縛られて子育て要員や介護要員にされたんじゃたまったもんじゃない、自分には自分の人生がある、と思っているのだ。

「やりがい」「人生の質」は人それぞれである。しかし、金銭や時間、肉体的な負担は共通である。子育ては金銭的にもきつくなるし、時間も体力も奪われる。また介護職の人が安すぎる賃金と先の見えない介護にやる気を失っている、というニュースは枚挙に暇がない。これを地方に押し付けようとしているのだ。
究極的には「子育ては儲かるか」という話になるのだが、儲からないから東京様は子供を作らないし、東京様は保育所を作りたがらない。子供を作れば作るほど儲かるというのならみんなこぞって子供を作るはずである。子供一人育てるのに、20年の時間と体力、3000万円とも言われるお金が必要なのだ。実はここを地方が担っているのだが、この番組はあくまで大都市・東京様の上から目線。

いずれは大都市圏も、地方から来る若者が減って高齢者ばかりになる

大都市・東京様が高齢者ばかりになって今までの勝ちパターンが維持できなくなる、地方と若い女性はいますぐ何とかしろ、もっと若者を生贄に差し出せ、と東京様はおっしゃっているのだ。
しかし、もう若い女性は東京様の言うことを聞かなくなってしまった。それどころか、自分も生贄を受け取る東京様の仲間に入れてほしいと殺到しているのだ。
こういう流れになるのは当然の結果である。若い女性だって勝ち組に入りたい。その前提条件が「東京に住む」ということに変わってきたのだから。